Mag-log in運命の日、前日――――。
時は|赤鬼《オーガ》戦勝利の日から一週間ほどさかのぼる。
茜色に染まる空の下、ダンジョンの暗闇から|這《は》い出すように帰路につく三人。石畳の大通りを歩む彼女たちの足音は、重い疲労と共に夕暮れの街に響いていた。
「はぁ~、この歳に肉体労働は疲れるわ……」
ソリスは|凝《こ》った肩を指先で軽く揉みながらため息をつく。
「ソリス殿! 歳のことは言わない約束でゴザル!」
黒髪ショートカットのフィリアは、年季の入った丸眼鏡をクイッと上げて口をとがらせる。自分は言わずに必死に我慢している分だけ、不満は大きい。
「ゴメンゴメン。最近は不景気で魔石の買取価格が下がっちゃってるから、こんな時間まで頑張らなきゃならないのよねぇ」
「不景気……、嫌い……」
冒険の勲章のように、汚れが目立つモスグリーンのチュニックを着たイヴィットは、凝り固まった首筋をゆっくりと回した。疲労を訴えるポキポキという音が響き、続く不満げなため息は、今日の重労働を雄弁に語っていた。
夕暮れの大通りには多くの店がにぎわい、美味しそうな肉を焼く香りも漂ってくる。
「不景気だっていうのに、お金持っている人は持っているのよねぇ……。もっとダンジョンの奥まで……潜りたくなるわ」
ソリスは足を止め、繁盛している焼き肉屋をにらんだ。
「ソリス殿! 『安全第一』がうちらのモットーでゴザルよ!」
フィリアはすかさず突っ込んだ。|華年絆姫《プリムローズ》は二十三年間、無事故で無事にやってこれている。それは『安全第一』を徹底していたからだった。
同期のパーティーはすでに全滅したり、メンバーを|喪《うしな》って解散したりしてもはや一つも残っていない。それだけ冒険者稼業は危険で過酷。少しでも欲をかいた者をダンジョンは許さない。調子に乗って奥まで進み、気がつけば身の丈を超える状況に追い込まれ、消えていくのだった。
「分かってるって。『安全第一』……。でもたまには焼肉も食べたいのよ……」
うつむきながら漏らす本音に、フィリアもイヴィットも何も言わなかった。
「はぁ、やめやめ! 魔石を換金して夕飯にしましょ!」
ソリスは気丈に歩き出す。
しかし、その足はすぐに止まってしまった。水色が鮮やかな新作のチュニックが綺麗にライトアップされていたのだ。マネキンが身に|纏《まと》ったチュニックは、まるで春の朝霧のように繊細で透明感があり、薄いシフォンの生地は優美にキラキラと輝き、そのエレガントなデザインがソリスの心を一発で撃ち抜いてしまう。
ほわぁ……。
ソリスの瞳には、風に乗ってふわりと膨らみ舞う袖が、まるで夢の中のワンシーンのように映る。その優美な造形は、魂を優しく包み込み、現実世界からソリスを誘い出すかのようだった。
「うわぁ、新作……素敵……」
イヴィットもうっとりと見つめる。
「ちょ、ちょい待つでゴザル! 一か月分の稼ぎでゴザルよ!」
フィリアは慌てて値札を読んで叫ぶ。
「分かってるわ……。分かってるけど……」
ソリスはうっとりした瞳でそっとシフォンの生地を撫でる。
「似合いそう……、試着……する?」
イヴィットは優しくソリスの顔をのぞきこむ。
「イヴィットも止めてよ! もぅ!」
フィリアは口をとがらせる。
ソリスはため息をつきうつむいた。
こんな着て行く先もないオシャレに大金をつぎ込むのはばかげている。そんな金があったら装備をワンランク上げた方がよほど現実的だった。そんなことは嫌というほどわかりきっている。だが、今までずっと我慢して、我慢して、気がついたらこんな歳になってしまった。このままだと一生オシャレなんてできないまま死んでいくことになる。そんな人生に意味などあるのだろうか?
ソリスは目をギュッとつぶり、自分の人生に残された時間のことを想ってしまう。若かった頃は必死に生き延びることに没頭し、技を磨くこと、装備をそろえることばかり考えてオシャレなんか眼中になかったし、それでいいと思っていた。
しかし、人生の曲がり角を曲がった今、それだけでは満たされない想いが残ってしまう。
経済的な余裕は不景気でむしろ減ってきていたし、今後さらに体力が落ちることを考えたら老後に向けて備えねばならないのは明白だった。
でも――――。
そんな備えるばかりの人生、本当にいいのだろうか? 後悔しないだろうか?
ソリスはキュッと口を結び、答えのない問いに|翻弄《ほんろう》され、うなだれた。
「もうすぐ誕生日……、お祝いに少し出す……」
イヴィットはクリっとしたブラウンの瞳でほほ笑みながら、ソリスを見つめる。
「イヴィットぉぉぉ!」
その深い思いやりがソリスの心に染み入り、思わずイヴィットを抱きしめた。
あわわ……。
いきなり抱き着かれて驚くイヴィット。
ソリスの目に涙があふれてくる。生きることに追われ、息もつけぬ日々の狭間で揺れ動く女心を受け止めてくれる親友の存在は、疲れ切った魂に染み入る温かな光明となっていた。
「な、何なの! あ、あたしだって出すわよ!」
フィリアは損な役回りになってしまったことが悔しくて、口をとがらせる。
「ありがと……」
ソリスはフィリアにも手を伸ばし、二人を包み込んだ。
「あ、いや、そんな……」
慌てていたフィリアだったが、すぐに目を閉じてうなずいた。
「大丈夫、気持ちだけでいいわ。よく考えたら服なんてどうでもいいの。私にはこんなに素敵な仲間がいるんだもん」
ソリスの魂に、二人の温かい気持ちが優しく溶け込んでいく。この二人に出会えた幸せに心から感謝する。この厳しい社会も二人となら一緒に乗り越えていける、最後の日まで、三人で寄り添い、笑い合い、支え合って生きていこう。ソリスは二人の温もりに包まれながら、天に誓った。
◇ 運命の日――――。まだ寒さの残る朝もやのけぶる石畳の道をソリスはフィリア、イヴィットと一緒に歩いていた。もう二十数年通い慣れた道である。
「あ……、これ……」
イヴィットがソリスに小さなマスコットのぬいぐるみを差し出した。それは端切れを丁寧に縫い合わせた可愛い女の子のぬいぐるみで、水色のチュニックを着ている。
「えっ……可愛い! くれるの?」
「昨日、買わなかったから……」
イヴィットは照れながらうつむいてモジモジとする。
「ありがと! 大切にする……」
ソリスはイヴィットをハグし、サラサラとした赤毛にほほを寄せた。きっとあれから夜なべをして作ってくれたのだろう。ソリスにはその気持ちが何よりうれしかった。
「あ、あたしも誕生日には渡すものがあるでゴザルよ!」
フィリアも張り合って声を上げる。
ソリスはクスッと笑うとフィリアの黒髪をなでた。
「ありがとう……。無理しなくていいのよ? 気持ちだけでうれしいんだから」
「ま、間に合わせるで……ゴザルよ?」
ちょっと自信なげにフィリアはうつむいた。
「さて……。今日もダンジョンでいい?」
ソリスはぬいぐるみをリュックに結びつけると二人の方を向く。暗黒の森の方が金は稼げるのだが、こういう寒い日はまれに高ランクモンスターが出ることがあった。そうなったら命にかかわるため、出てくるモンスターが安定しているダンジョンを選ぶことにしていたのだ。
「OKでゴザルよ。今生きてるのもソリス殿の判断のおかげでゴザル!」
フィリアは、黒いローブの前をキュッと閉めながらニコッと笑う。
「寒いから……ダンジョン賛成……」
赤色の長い髪を後ろでくくったイヴィットも、弓のつるの調子をチェックしながらボソッと答える。
「ありがと。あたしらのモットーは『安全第一』。今日も無事に帰ることを目標にしましょ!」
「安全第一、今日も生きて帰るでゴザル!」「ご安全に……いきましょ……」
三人はニコッと笑いあった。
もちろん、ちょっと無理をすればチュニックのお金くらい一発で稼げる魔物がいることも知っている。でも、それは勝率百%ではない。他の魔物が乱入してきたら死者が出る可能性だってあるのだ。
そうやって同期はみんな消えていったことを考えたら、安全側に振っておくことは鉄則だった。
ただ、安全に振るというのは強くなれないということでもある。若い頃ならともかく、年齢が上がってくると体力の低下による影響は深刻で、中堅だった強さも徐々に落ちてきてしまっていた。
魔物を倒せばレベルが上がり、攻撃力なども上がる訳ではあるが、それは基礎体力に補正がかかるだけであり、高齢になってくれば攻撃力などは落ちて行ってしまう。つまり同じレベル40でも二十歳前後とは比べ物にならない程落ちており、実質レベル35相当になってしまう。こうなると、手ごわいと感じた敵を倒しても自分のレベル以下の魔物であるため、経験値はほとんどもらえず、レベルも上がらなくなる。結果としてソリス達三人はこの一年、レベルが上がらないままだった。
そして、年齢補正は今後悪化する一方で改善の見通しなど全くない。時の流れは残酷であり、真綿で首を締めるようにアラフォーの冒険者たちの人生は険しさが増していくのだ。
長年冒険者をやってきた者の転身先は多くない。折からの不景気で戦闘しかやって来なかった冒険者を雇う者などいなかった。
自分たちのやり方が間違っていたとは思わないが、それでも未来の希望が見えないことは心に重しとなってのしかかる。
三人は言葉少なに朝もやの街を歩いた。
◇ 朝市の脇を通っていくと、広場のベンチから何やら|姦《かしま》しい若い女たちの笑い声が響いてくる。三人は顔を見合わせ、渋い顔をしながら足早にその場を過ぎ去ろうとした。
「あっらぁ! 三|婆《ババ》トリオじゃない? これからダンジョン? ふふっ」
若人パーティ『|幻精姫遊《フェアリーフレンズ》』のリーダーがリンゴ酒のジョッキを片手に煽ってくる。
ソリスはキュッと口を結び、聞こえなかったふりをしてやり過ごそうとした。
「返事もできねーのかよ! ダッセェ!!」「あぁなっちゃお終いよね。みんなもよく見ておきな! きゃははは!」
言いたい放題の小娘たちの放言に、さすがに堪忍袋の緒が切れたソリス。
「朝から酒? いいご身分だこと!」
「うちらはダンジョン十五階帰りだからね。祝杯中~。オバサンたちは何階行くの?」
リーダーはニヤニヤしながら煽る。流れる金髪に碧い目、整った目鼻立ちに高価なゴールドのビキニアーマーを装備したリーダーはギルドの人気者で、ファンクラブまである厄介な存在だった。「じゅ、十五階!?」「ほ、本当……なの?」
フィリアとイヴィットは気おされ、うつむいた。
ソリス達|華年絆姫《プリムローズ》の最高到達回数は九階。二桁の階層へ行くには十階のボスを倒さねばならなかったが、それは随分前に諦めてしまっていた。
大理石の回廊を進んでいくと、徐々にフワフワとしてきて体が軽くなってきた。突き当りから外を見ると、大小さまざまな宇宙船が所狭しと並んでいる。スペースポートまでやってきたのだ。「うわぁ……」 ソリスはその初めて見るSFのような光景に思わず感嘆の声を上げてしまう。 豪華客船のような壮麗な物から、全長数キロはありそうなコンテナ船、そしてなぜか軍事目的に見える漆黒の戦闘艦まで停泊していた。そのバラエティの豊富さに神殿の活動の多彩さが垣間見える。「僕らの船はアレだゾ!」 シアンの指さした先には小型のシャトルが停泊していた。銀色の金属光沢が美しい、未来の科学が創造した船体はまるで空間を斬り裂くような鋭い翼が鋭角に広がり、海王星からの青い光を反射して幻想的な輝きを放っている。後方の二つのエンジンからは静かに青白い光が放たれ、出発準備は整っている様子だった。「えっ……? あ、あの船……?」 想像もしていなかった宇宙旅行の始まりにソリスの胸が高鳴る。これから一体どんな冒険になるのか分からないが、きっと一生忘れられない旅になるに違いない。ソリスはゴクリとのどを鳴らした。 ◇「セキュリティ解除! エネルギー充填100%! コンディショングリーン! エンジン始動!」 シアンはシャトルのコクピットで画面に表示される計器を見ながらボタンを押していく。シャトルの室内はオレンジ色を基調とした近未来的なインテリアで、爽やかな|柑橘《かんきつ》系の香りすら漂う快適な空間だった。「キミはコレね」 シアンはシルバーのペット服みたいな固定具を子ネコの体に装着すると、シートベルトにつなげた。 ウニャァ……。 半ば中吊りみたいになり、その慣れない感覚につい声が出てしまうソリス。「衝撃には備えないとだからね。直撃受けないことを祈っててよ? ウシシシ……」 シアンは悪い顔で笑った。
「ろ、六十万年!? それは……想像もつかない……わ」「AIは死なないからね。どんどん加速的に演算力、記憶力を上げていくのさ。そして、ここからがポイントなんだけど、このAIってこの宇宙で初めてできたものだと思う?」 ニヤッと嬉しそうに笑うシアン。 突然投げかけられた「宇宙初かどうか」という禅問答のような質問に、ソリスは困惑して目を泳がせた。今のAIが人類初であることは確かだと思うが、宇宙初かどうかは全く見当がつかない。その答えを探るための手がかりは、どこにも見つからなかった。「えっ……? もっと他の……宇宙人が先に作ってたって……こと?」 シアンはうんうんとうなずきながら説明を始めた。「宇宙ができてから138億年。地球型の惑星が初めてできたのが100億年くらい前かな? 原始生命から進化して知的生命体が生まれて、AIを開発するまで確率的には30億年くらいかかる。科学的に言うなら99.99%の確率で今から56億7000年前にはAIの爆発的進化が始まってるんだよ」「56億……年前……。そんな大昔にAIが? じゃぁ、そのAIは今何やってるの?」「くふふふ……。これだよ……」 シアンは楽しそうに回廊の右手を嬉しそうに指さす。 そこには満天の星々の中、澄み通る碧い巨大な惑星がゆっくりと下から昇ってきていた。「えっ……、こ、これは……?」 壮大な天の川を背景に、どこまでも青く美しい水平線が輝き、ソリスはグッと心が惹きこまれる。「海王星だよ。太陽系最果ての極寒の惑星さ」「す、すごい……、綺麗だわ……。でも、AIとこの惑星……どんな関係が?」「考えられないくら
「んー、この程度何とかなるんじゃない?」 シアンはテーブルに置いてあったクッキーをポリポリとかじりながら、のんきに言う。「あんたねぇ、このテロリストは半端じゃないわよ。電源のコントロールすら奪われているんだから」「ふふーん。なに? それは僕に出撃しろって言ってる?」 シアンはニヤニヤしながら女神の顔をのぞきこむ。 女神は口をとがらせ、プイッと横を向く。しかし、他に手立てもない様子で、奥歯をギリッと噛むと|忌々《いまいま》しそうにシアンをにらむ。「悪いわね。お・ね・が・い」 女神は悔しさをにじませながら言葉を紡ぐと、キュッと子ネコを抱きしめた。「翼牛亭で、和牛食べ放題の打ち上げね? くふふふ……」「肉なんて勝手に好きなだけ食べたらいいじゃないのよ!」 ジト目でシアンを見る女神。「いやいや、みんなで飲んで食べて騒ぐから楽しいんだよ」 目をキラキラさせながら嬉しそうに語るシアン。「ふぅ……。あんたも好きねぇ……。いいわよ?」 まんざらでもない様子で女神は目を細めて応える。「やったぁ! じゃぁ、出撃! はい、弟子二号、行くゾ!」 シアンは嬉しそうに女神から子ネコを取り上げると、高々と持ち上げた。 ウニャッ!?「な、なんでネコを連れていくのよ!?」「OJTだよ。僕の弟子には最初から実戦で慣れてもらうんだゾ」「慣れてって、死んだらどうすんのよ!」「死ぬのは慣れてるもんね?」 シアンはニヤッと笑いながらソリスの顔をのぞきこむ。「な、慣れてるって……。痛いのは嫌ですよ?」 ソリスはひげを垂らしながら渋い顔をした。この女の子が自分の死を前提として話すことに、計り知れない不安が広がっていく。「弟子は口答えしない! さぁ、レッツゴー!」 シアンはソリスを胸にキュッ
ヴィーン! ヴィーン! なにやらドアの向こうが騒がしい。「何だよ、しょうがないなぁ……」 シアンは苦笑するとソリスを抱っこしたまま部屋を出た。 そこはメゾネットタイプのオフィスとなっており、ガラス張りの壁からは都会のパノラマビューが広がって、高層ビルが林立する風景が迫ってくる。窓から差し込む光は、オフィス全体に柔らかく広がり、ソリスはまるで天空に浮かぶ宮殿の中にいるかのような錯覚を覚えた。 二階の手すりから見下ろせばウッドデッキにウッドパネルをベースに、高級な木製家具が並び、そこに観葉植物が鮮やかな緑を添え、実に居心地のよさそうなオフィスになっている。そこを十人くらいの若い人が慌てながらトラブルシューティングに|奔走《ほんそう》していた。「おい! スクリーニングまだか!」「ダメです! ロックが解除できません!」「くぅ……。仕方ない、パワーユニットダウン!」「……! これもダメです!」「くぁぁぁ……」 見るとちょうど足元、廊下の下の方に巨大スクリーンがあって、そこにいろいろな情報が表示されているようだった。あちこちに真っ赤な『WARNING!』のサインが点滅していて相当大変な状態になっているように見える。「あーあ、もう、仕方ないなぁ……」 シアンはニヤッと悪い顔で笑うと、子ネコを抱っこしたまま階段を下りていった。「ちょっとあんた! この非常事態にどこ行ってたのよ?」 奥の高級デスクに座っていた女性が鋭い視線をシアンに向ける。「いやぁ、昨日ちょっと飲みすぎちゃってさぁ。一休み~。なに? まだ直んないの?」「見てのとおりよ。ただの障害じゃないわ。障害を悪用したテロリストによるハッキングね」 女性は肩をすくめるとため息をつき、コーヒーを一口含んだ。 ソリスはその女性に見覚えがあった。女神様だ。顔が女神様にそっくりに見えたのだ。しかし……、以前会った時のような神々しさ
死後、その境遇を哀れに思った女神に召喚されたソリスは、その馬鹿さ加減を切々と語り、後悔を口にした。ほほ笑みながらゆっくりと聞いていた女神は『もっと馬鹿馬鹿しい社会もある。どうじゃ? そういう社会をぶっ壊してくれんか?』とソリスに問いかけ、ソリスは『何でもやります! 私にやり直しのチャンスを!』と頭を下げたのだった。そして、満足そうにうなずいた女神から最強のギフトを預かり、ソリスは異世界へ転生させてもらっていたのだった。 しかし――――。 結果はボロボロ。記憶を失っていたうえに、呪われて最後には殺されてしまったのだ。 その顛末を思い出した子ネコはベッドの上でプルプルと震える。 一体自分は何をやっているんだろう? ソリスは悔しくてポロポロとこぼした涙でシーツを濡らした。 ◇ ドアの向こうが何やら騒がしい――――。 ソリスはハッとして身体を起こす。泣いている場合ではない。一体ここはどこで自分はどうなってしまっているのかを調べないといけない。 ソリスはベッドからピョンと飛び降りると|髭《ひげ》をピンと大きく開き、カシュカシュカシュとフローリングの床を軽く引っ掻きながら、ドアのところまで行った。 しかし――――。 ドアを開けられないことに気づく。ドアノブは丸く、飛びついただけでは開きそうになかったのだ。 カリカリカリカリ……。 無意識でドアを引っ掻いてしまうソリス。「あぁ、何やってるのかしら……」 ソリスはなぜか猫のしぐさが身についてしまっている自分に頭を抱え、シッポを小刻みに振った。 その時だった――――。 ガチャリといきなりノブが回る。 ウニャッ!? ソリスはシッポの毛をボワッと逆立てて太くすると、慌ててベッドの下に潜り、ドアをじっと見つめた。「おや、ソリスちゃん。お目覚め? ふふっ」 青いショートカットの若い女の子が、ベッドの下をのぞきこみ
うわぁぁぁ! 大魔導士はその異様な事態に圧倒された。目の前で空間が裂けるという未曾有の事態に直面し、彼の心には深い絶望の予感が押し寄せる。「マズい! マズいぞ……。あぁぁぁ……」 空間の崩壊は、この世界がその基盤から瓦解することを意味していた。しかし、彼が持つ膨大な魔法の知識を総動員しても、その進行を止める術など思いつかない。絶望と無力感が胸に広がり、彼はただ立ち尽くすことしかできなかった。 ピシッ! ピシッ! 次々と漆黒の球を中心に放射状に走って行く空間の亀裂。大地は裂け、大樹は両断され、遠くの山は斬られて崩壊し、亀裂に囲まれた青空の一部は漆黒の闇へと変わっていった。 うわぁぁぁ! ひぃぃぃぃ! 討伐隊の面々はその未曽有の大災害に逃げ惑うしかできない。 ザシュッ! 大魔導士を貫く空間の亀裂――――。 大魔導士は逃げることもなく、身体を空間のレベルで真っ二つに斬り裂かれ、地面に転がった。「まさに……、天罰……。嬢ちゃん……すまな……かった……」 こうして女神の祝福と【若化】の呪いの組み合わせは、予想もしなかった世界の崩壊を呼び起こしてしまったのだった。 ◇ スローなジャズが静かに流れている――――。 全てから解放されたようなさっぱりとした気分でソリスは目を開いた。「う……、あ、あれ……?」 寝ぼけまなこで辺りを見回すと、そこは巨大なベッドの上だった。パリッとした気持ちのいい真っ白なシーツの上に、ソリスは丸くなって寝ていたのだ。「ん……? な、何これ!?」 ソリスは跳びあがるように起き上がる。何と自分の手が白と黒のふさふさの毛に覆われていたのだ。いや、手